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May 01, 2012

仏様と蓮の花

 西鉄ライオンズ黄金期の原動力となった鉄腕・稲尾和久氏が亡くなって今年秋で5年になる。稲尾氏がこの世を去ってから、体調を崩していた律子夫人が4月21日、最愛の夫の元に旅立たれた。稲尾家は4人姉妹。それぞれ娘さんは嫁ぎ、これで「稲尾」の名前が博多から消えた。ご夫人の通夜に参列させていただいた。ご親族の悲しみはもちろんのことだが、同時に娘さんたちは「大好きな父のところに行けたので…。母も望んでいたと思います」と、涙目で微笑んでいたのが印象的だった。

 2007年秋。霊安室に横たわる「鉄腕」を見た。まさに急逝だっただけに、闘病による痩せもなく、静かに眠っている感じだった。検査入院から約2週間ほどのスピードで天に駆け上がって行った。「岩が崖から転げ落ちるような感じで、容体が悪化していきました。私たちも何が何だか…」。自宅にある稲尾さんの仏壇の前で律子夫人は、当時そう話してくれた。

 思い返してみれば、律子夫人はいつも稲尾さんの姿を追っていたような気がする。楽天に入団したマー君こと田中将大投手のプレー姿を見ては「マー君は若いときの主人とそっくりなの」と、身を乗り出して話したし、稲尾さんと親交のあった選手たちの話題になると、声にもはりがあったように思う。

 鉄腕が逝くまでのほんの2週間、ときには意識を失う主人を前にオロオロしながら回復を祈った。「もう意識もなかったんですが、口元に耳を近づけると“ありがとう”と言ってくれました」。声らしきものではなかったが、律子夫人はしっかり聞いた。鉄腕の最期の言葉だった。

 稲尾さんの法名は「最勝院釈信明」。最勝は仏教では「比類なき」という意味があるという。律子夫人は生前に法名を授かっており「華徳」という。仏教でいう「華」とは蓮の花である。
 黄泉の国でも神様、仏様と呼ばれた男を清楚に蓮の花が彩るのであろう。

 

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